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2011.03.21 Monday

11日から現在までの、個人的な記録

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    少しお久しぶりです。
    11日に起きた震災まで、HP『絵馬堂』や、このブログの更新が滞りましたのは、前回の記事でお話ししております、新たな(?)創作スタイルの模索や試行錯誤のためなのですが、その事に関してのお話は、また後日ということで、今回は、地震が起きてから今日までの、身の回りの状況を記録したいと思います。

    11日の午後、私の住んでいる埼玉県でも、これまでにない大きな揺れが起きました。
    私はその時、両親とともに家におりました。
    バイトが早上がりで、ちょうど昼食を食べ終わり、母とおしゃべりをしていた時でした。

    「・・・こんなの(強い地震)、(生まれて)初めて・・・。家が壊れる・・・・・・。」
    「お母さん、危ないからテーブルの下に頭入れて!」

    あまりの揺れに私の言葉も耳に入らないのか、テーブルに手をつき、天井のほうをじっと見たまま立ち尽くす母の腕をひっぱて、テーブルの下に頭を入れさせ、いくらか揺れが弱くなるまで、自身もそうしていました。
    私の住んでいる地域は間もなく停電し、テレビも電話も使えませんから、震度がどれくらいか、震源はどこか、まだ揺れは続くのか、・・・もっと大きな揺れがくるのかそうでないのか、ほかの地方はどうのなのか、・・・首都圏(東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県)に住む親戚たちは無事なのか・・・。
    そういった情報を得る事ができず、とりあえず、別の部屋にいた父と相談し、3人まとまってひとつの部屋にいる事にしました。

    父が普段寝る前に聴くのに使っている、イヤホンでしか聴けない小さなラジオが唯一の情報源。
    ふと、父が、電池でも動かせる小さなラジカセをまだ捨てずに取って置いた事を思い出し、停電のまま日が暮れて暗くなった家の中を、懐中電灯を手に探しに行きました。
    その間、イヤホンでラジオを聴いていた母が、時々「えっ!?」「うわあ・・・。」という声をあげながら、ラジオが聴けない私にもたらす情報は、とても信じ難いものばかりでした・・・。

    「約7mの津波が」「約10mの津波が」「町が壊滅」

    ・・・10mの津波!??
    「壊滅」って、なんだ!??

    ・・・その後、その恐ろしい様子をテレビで観ることになりますが、その時は、その状況を想像することもできませんでした・・・。

    やがてラジカセをみつけた父が部屋に戻ってきて、3人でそのラジカセで、ラジオを聴く事にしました。
    ずっと停電したままでしたが、ガスと水道は使えましたので、懐中電灯を手にお湯を沸かし、ロウソクの火を明りに、カップめんを夕食として食べました。

    家の暖房器具はエアコンだけで、灯油ストーブのような、電気なしで使えるものはないので、外出時に着るコートや家にあるブランケットの類を総動員して暖をとりながら、携帯電話で、弟や親戚の携帯電話に電話をかけようと試みますが、『圏外』になったり、そうでなくても繋がらなかったりで、自分たち以外が無事なのか、全くわからず不安でした。
    都内の海に近い場所のビルで働いてる弟は大丈夫だろうか!?
    都心近くの家にいるであろう、その妻子は・・・!?
    こちらと同じように停電しているのだろうか!?
    だとしたら、まだ2歳の姪は、地震に次いで暗さ、寒さと、さぞ怖い思いをしているのではないか・・・!?。

    停電は23時30分ごろ復旧しました。
    その少し前くらいだったと思うのですが、ようやく、唯一、弟の携帯電話だけつながって、
    「今、自宅に向かって歩いている」
    との事でした。

    弟の職場には、あの大きな揺れが起きてすぐ後に警察が来て、皆に非難するように指示。
    弟たちは集団で、徒歩で非難したそうです。
    その後弟は、コンビニでペットボトル(水)とパンと携帯電話の充電器を買って、電車の動いていない区間を、歩いて帰宅する事にしたのでした。そして、足にまめを作りながら数時間後、無事我が家に辿り着いたそうです。

    翌日、電話は繋がりにくかったものの、何度かの試みの後、親戚たちと連絡が取れました。
    弟同様、帰宅困難になった人もいましたが、やはり数時間の徒歩で、なんとか無事に、家に辿り着いたとのこと。
    私の携帯電話は、古いからなのか何なのかよくわかりませんが、14日まで、ほとんど『圏外』の状態でした。

    15日から東京電力による『計画停電』が始まりました。
    私が住んでいるところも対象地域です。
    朝や夜が、まだ寒い日があり、そんな日に朝や夜の時間帯の停電の順番がくると、最初の地震の日のように、いろいろ着こんで、夜ならロウソクを明りにして、ラジオを聴いて過ごすのですが、こんなことは、被災して避難生活をされている方々にくらべれば、どうということはありません。寒ければ、タンスから着るものを出す事ができるのですから。

    11日から今までの間、毎日のように地震がありました。
    19日〜21日(今日)は、会社が休みのところが多くて電力の需要が減るからか、計画停電は実施されずに済みました。
    でも明日から再び計画停電が行われる事になっています。

    私は被災地の非難生活をされている方々に、「がんばれ」とは言えません。
    だって、そんな事言うまでもなく、これ以上ないほどに、最大に、がんばっていらっしゃるのですから。
    がんばらなければならないのは、無事でいる私達のほうではないだろうか・・・?
    そう思うのです。
    計画停電の夜のひとコマ
    ↑携帯電話で撮った、計画停電の夜の様子。
    光ってるのがロウソクです。
    11日の大地震の日の夜も、こんな感じでした。
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